承認が止まるのは、判断材料が後から集まるから

従来の制作でも、素材の許諾や表現の確認は必要でした。生成AIが加わると、使用したサービス、入力したデータ、出力後の修正、AIを使った範囲など、確認項目が増えます。

問題は項目数ではありません。完成直前になって初めて情報を集めると、制作担当者しか把握していない事実が増えます。関係者は「何を確認済みか」ではなく、「そもそも何が起きたのか」を調べるところから始めることになります。

制作と同時に記録を残せば、承認は作品の良し悪しと公開条件の判断へ集中できます。生成AI 社内承認の遅さの多くは、AIそのものではなく、確認に必要な情報が最後まで揃わないことに由来します。

1. 使用したサービス、モデル、機能

会社名だけでは足りません。同じ会社が複数のサービスやモデルを提供している場合があるため、実際に使ったサービス名、モデル名、機能名を分けて記録します。たとえば「Adobe Photoshop(フォトショップ)の生成塗りつぶし」「Google Vertex AI 上の Imagen」のように、画面で選んだ名称をそのまま残します。

サービスの利用条件は更新されることがあります。使用日と、そのとき確認した規約・料金・企業向け条件のURLも残しておくと、後から当時の判断を確かめやすくなります。バージョン番号や利用プラン(無償・個人・企業向け)が分かる範囲で書き添えると、権利や公開範囲の議論を最初からやり直す必要がなくなります。

2. 入力した素材と、その利用根拠

商品写真、ロゴ、人物写真、背景、音源、参照画像など、生成AIへ入力した素材を一覧にします。自社が権利を管理する素材、契約で利用を認められた素材、利用条件を確認した素材を分けます。

素材のファイル名だけでなく、「自社撮影」「契約済みストック」「制作会社から許諾確認済み」といった根拠を添えます。AIへ入力できることと、広告やSNSで公開できることは同じではありません。契約書やライセンス条項の該当条文の位置(ページ・条番号)まで書いておくと、法務の確認が一度で終わります。

参照画像を検索エンジンやSNSから取得した場合は、その旨と取得元URL、取得日を残します。「参考にした」と「入力した」は別の扱いになるため、この2つは行を分けて記録します。

3. AIを使った工程

「AI使用」と一行で書くと、企画案の整理だけに使ったのか、最終画像を生成したのかが分かりません。

企画、ラフ、背景、商品周辺、人物、動画補間、音声、コピー、レイアウトなど、AIを使った工程を具体的に記録します。完成物のどの部分へ影響したかを示すと、表示や権利の確認範囲も絞りやすくなります。

工程ごとに「生成」「拡張」「削除」「合成」「差し替え」「文字起こし」など動作名を添えると、後で見た担当者が処理内容を再現できます。動画の場合は、静止画からの生成か、既存映像の補間・拡張かを分けます。

4. 人が選び、直し、確認した工程

生成物をそのまま公開したのか、複数案から選んだのか、レタッチや合成を行ったのか。人が担った作業も記録します。

ここは「人が関与した」と抽象的に書かず、商品の形を照合した、文字を作り直した、肌や手を修正した、ブランドカラーを合わせた、事実関係を確認した、といった行動で残します。作業者名と所要時間を添えると、後から工数と品質の関係を振り返れます。

生成AIを使った案件でも、人の関与を具体的に説明できれば、著作権や広告表示の議論を落ち着いて進められます。日本の文化庁が公開している考え方でも、創作的な寄与の内容と量が判断の材料になると整理されています。

5. 採用しなかった出力と理由

最終稿だけを残すと、どの失敗を避けたのかが次回へ伝わりません。商品形状の変化、不要な文字、人物の不自然さ、ブランドトーンとの不一致など、採用しなかった代表例と理由を短く記録します。

全出力を永久保存する必要はありません。判断基準が分かる数点を残すことで、次の案件の指示と検品を速くできます。差し戻しの主要な理由が3〜5件たまると、初稿の前段階でチェックリスト化でき、承認までの往復回数を減らせます。

6. 表示、メタデータ、コンテンツクレデンシャル

公開時に「AI生成」「AIで加工」といった表示が必要か、どこへ表示するかを記録します。法律上の要件、広告・契約上の条件、プラットフォームのルールは分けて確認します。

Content Credentials(コンテンツクレデンシャル)などの来歴情報が付く場合は、生成直後、書き出し後、投稿後に確認します。書き出し形式の変換や再エンコード、SNS投稿時の再圧縮で情報が欠落することもあるため、公開面で改めて検証します。

来歴情報があることは、入力素材の権利や表示義務を自動的に解決するものではありません。C2PAの公式仕様でも、来歴情報は「作成・編集の記録の署名付きの束」であり、権利処理や広告基準を代替する仕組みではないと整理されています。

7. 最終承認者と確認日

最後に、誰が何を確認したかを残します。クリエイティブの品質、商品・サービスの正確性、権利・契約、公開面の仕様を、一人へまとめて背負わせる必要はありません。

確認項目ごとに担当を分け、最終稿のファイルやURLと確認日を結び付けます。後から画像が差し替わった場合も、どの版が承認済みかを判断できます。差し替え後の再承認が不要なのか、部分再承認で済むのかも、あらかじめ社内ルールで決めておくと現場が迷いません。

三段階で更新すれば、記録が重くならない

7項目を完成時に一度で埋めると、制作チームの負担になります。次の3段階へ分けると運用しやすくなります。

企画時

使用予定のツール、入力素材、公開地域、公開先、表示の要否を仮置きします。使えない素材や条件を早い段階で外せます。この時点で法務・広報を巻き込んでおけば、初稿以降に方向転換する確率を下げられます。

初稿時

実際に使った工程、主な出力、人の修正、未確認事項を更新します。完成前に、追加確認が必要な点を発見できます。この段階で「6. 表示」の要否を仮確定させておくと、最終稿でのやり直しが減ります。

最終稿時

採用ファイル、表示、来歴情報、承認者、確認日を確定します。公開版と承認済み版が同じであることを確認します。差し替えが発生した場合は、差し替え前後のファイル名を並記して記録します。

記録は制作を縛るためではなく、判断を再利用するためにある

記録項目を増やしすぎると、チームは制作より申請に時間を使います。7項目の目的は、AI利用を監視することではなく、確認済みの事実を次の担当者へ渡すことです。

1案件で運用し、実際に承認で使わなかった欄は削ります。逆に、毎回聞き直している質問は項目へ加えます。ブランドごとに最小の記録様式を育てることで、生成AIを使う案件だけを特別扱いせず、通常の制作管理へ組み込めます。

社内でひな形を配布するときは、「7項目 × 3段階」の表と、記入例を1件添えるだけで、初回の運用は始められます。半年ほど回してから、実際に承認判断へ使った欄と、一度も参照しなかった欄を振り返り、様式を軽くしていきます。

よくある質問

生成AI 社内承認のフローは、AIを使わない案件と分けるべきですか

分ける必要はありません。既存の承認フローに、7項目の記録欄と3段階の更新点を追加するだけで運用できます。AI利用の有無で別々のフローを走らせると、担当者は二重に手続きを覚えることになり、かえって承認が遅くなります。

プロンプトはすべて保存する必要がありますか

社内ルールで決めます。少なくとも、採用案を生成した際の主な指示と、結果を大きく変えた重要な変更は残します。試行のすべてを保存する義務は、現時点の日本の法令にはありません。

Content Credentials(コンテンツクレデンシャル)を付ければ社内承認は不要になりますか

なりません。Content Credentialsは制作の記録を第三者が確認できる仕組みで、社内での判断そのものを代替するものではありません。7項目の記録と併用します。

制作会社へ外注した場合も同じ記録は必要ですか

契約前に、必要な記録範囲を合意します。少なくとも、使用サービス、主な入力素材、人の修正、承認者、納品版のファイル情報を依頼します。委託契約書に、記録の提出義務と保管期間を書き入れておくと、後の問い合わせに対応しやすくなります。

7項目のひな形はどこから始めればよいですか

既存の制作進行表や案件管理シートへ7列を追加する形で始めます。専用ツールを導入する必要はなく、表計算ソフトや社内で使っているタスク管理ツールで十分に運用できます。半年ほど運用したうえで、必要に応じて専用の管理システムを検討します。

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