H&Mはモデル本人をもとにしたデジタルツインを広告へ使った
H&Mは2025年7月2日、モデル本人を再現したデジタルツインを使った最初の広告画像を公開しました。世界のファッション都市を背景に、デニムを紹介する企画です。
H&M Groupの公式発表は、専任チームと共同制作したと説明し、写真家Johnny Kangasniemi氏とモデルVanessa Moody氏のコメントを掲載しています。Moody氏は、制作がプロフェッショナルで協力的かつ透明性のあるものだったと振り返っています。
ここで確認できるのは、H&Mがデジタルツインを広告へ使い、関係者が制作に参加したことまでです。モデルごとの契約書、報酬額、データの保管方法は公表されていません。
H&Mの公式発表と個別契約は分けて読む
Business of Fashionは当事者への取材をもとに、モデル本人がデジタルツインを所有・管理し、利用先を決め、通常の広告出演と同じように報酬を受ける計画だと報じました。
これは契約を考えるうえで重要な情報ですが、H&Mが契約書を公開したものではありません。以下では、H&Mが公式に公表した事実と、取材記事で報じられた契約方針を分けて扱います。

画像:AIGC TIMES編集部(H&M GroupとNew York State Department of Laborの公式情報をもとに作成)
NY州の対象案件では、利用範囲・目的・報酬率・期間を書面へ残す
ニューヨーク州のFashion Workers Actは、モデル管理会社、モデル管理グループ、クライアントへ新しい義務を設けた法律です。登録に関する規定を除く主要な義務は、2025年6月19日から適用されています。
ニューヨーク州労働局のFAQと州法1037条によると、対象となる案件でモデルのデジタルレプリカ(Digital Replica)を作成・利用する前に、本人から明確かつ目立つ形で書面同意を得る必要があります。書面には、次の四項目を必ず記載します。
- 利用範囲:どの広告、商品、キャンペーンで使うか
- 利用目的:ブランド訴求、商品紹介、EC掲載など、目的の種類
- 報酬率:デジタルレプリカの使用に対する報酬の算定方法
- 利用期間:開始日と終了日、および更新の条件
同FAQは、以前の承認に新しいキャンペーンが含まれていなければ、改めて承認を得る必要があるとも説明しています。汎用的な「以後の利用を包括的に許諾する」という表現では足りません。
州外で行われる仕事への適用は一律ではありません。ニューヨーク州労働局は、原則として州外の労働法執行権はない一方、案件の場所にかかわらず執行対象となり得る要件があると説明しています。モデル管理会社については、ニューヨーク州で事業を行う、または州内で管理サービスを提供する場合に登録・遵守義務の対象になります。
「所有」と「利用の許可」は別に決める
元データやデジタルツインをモデル本人が所有していても、ブランドが何に使えるかは自動的に決まりません。所有者を決めることと、広告への利用を許可することは別の話です。
たとえば、特定の広告へ使う承認があっても、別の広告、別の商品、別の国へそのまま使えるとは限りません。契約では、誰がデータを管理するかに加えて、利用できる範囲を具体的に決めます。
所有者を決める条項では、元データ(撮影素材、3Dスキャン、参照画像)と、生成物(デジタルツイン、AI画像、AI動画)を別に扱うのが実務上の基本です。所有者と管理者、利用許可者、報酬の受取人が同一とは限らないため、契約書の中で役割ごとに整理します。
契約で分けて確認したい8項目
人物デジタルツインの契約では、少なくとも次の八つを分けて確認します。

画像:AIGC TIMES編集部(New York State Department of Laborの公式情報を参照し、編集部の確認項目として作成)
一つ目は、元データと生成物を誰が保有し、管理するのかです。データの物理的な保管場所(クラウド事業者、リージョン)まで明記しておくと、後の削除・移管がやりやすくなります。
二つ目は、広告、商品ページ、店頭サイネージ、SNS投稿など、何に使うのかです。用途を列挙し、列挙外の使い方を認めるかどうかも決めます。
三つ目は公開する媒体です。テレビCM、屋外広告、Web広告、EC、SNS、印刷物など、媒体ごとに条件が変わることを前提にします。
四つ目は国と地域です。国内限定か、グローバル配信か、特定リージョンのみか、GDPR対象国を含むかを明記します。
五つ目は、利用の開始日、終了日、更新条件です。買い切りではなく期間契約として扱い、更新のたびに条件を見直せるようにします。
六つ目は、収録、制作、利用、更新の対価を分けた報酬です。撮影スキャンの対価、生成物の制作対価、掲載期間中の利用料、更新時の追加報酬を切り分けます。
七つ目は、顔、服、声、動きなどをどこまで変えられるかです。改変の範囲を「同一人物と識別できる範囲まで」など、後で読み返せる基準で書きます。
八つ目は、別の広告へ再利用するときの承認と、契約終了後の削除です。再利用の承認プロセス、承認者、承認期限、削除の対象データと期日を明確にします。
この八項目は、すべてを一つの法律が世界共通で義務づけているという意味ではありません。ブランド、制作会社、代理店、モデル本人が、案件ごとに認識をそろえるための確認項目です。
新しい広告へ使うときは、もう一度承認を確認する
ニューヨーク州労働局のFAQには、過去の撮影素材をAIで変更し、新しい広告へ使う例が掲載されています。以前の契約が新しい広告を含んでいない場合、モデル本人から新たな承認を得なければなりません。
一度の承認を、期間や用途を決めないまま将来の広告へ広げるべきではありません。新しい商品、媒体、国、利用期間へ広げる場合は、当初の承認に含まれているかを契約当事者間で確認します。
実務では、承認を得るタイミングも決めておくと運用が回りやすくなります。撮影段階、制作段階、公開直前の三段階で承認フローを設計し、各段階の承認者と期限を書面で共有します。承認が得られなかった場合の生成物の扱い(破棄、差し戻し、代替案)もあらかじめ合意しておきます。
契約終了後に残るデータまで決める
広告の掲載が終わっても、元画像、人物の設定、生成済み素材、バックアップが残っていれば、新しい画像を作れる状態が続く可能性があります。
契約上の確認項目として、誰がどのデータを削除するのか、公開済みの広告をいつまで残すのか、再利用するときに誰の承認を得るのかを分けます。削除できないバックアップや保存義務がある場合は、その範囲も書面へ残します。
削除の実行証跡(削除完了報告書、削除ログ、第三者立会いの有無)を求めるかどうかも、案件によっては契約に入れます。特にモデル本人の顔学習を含むデータセットは、削除確認までを契約で明確にします。
人物デジタルツインは、撮影素材の一種であると同時に、本人の商業的な価値と結びつくデータです。制作費を抑えられる可能性があっても、本人の利用条件や報酬まで軽く扱えるわけではありません。
日本国内案件で参照する法制度と実務
日本国内案件でモデル本人のデジタルツインを扱う場合、直接適用される専用法はニューヨーク州のFashion Workers Actのように存在しません。代わりに、次の制度と実務が参照されます。
- 肖像権・パブリシティ権:判例に基づく人格権と経済的利益。ピンク・レディー事件最高裁判決(2012年)などが参照されます
- 個人情報保護法:顔画像・生体情報を含むデータの取扱いと保管
- 著作権法・実演家権:撮影素材の著作権、モデルの実演としての権利整理
- 景品表示法・薬機法:デジタルツイン広告が優良誤認・誇大表現に該当しないかの確認
- 業界慣行:日本モデルエージェンシー連盟や広告主・制作会社間の契約実務
法律の枠組みが違うため、ニューヨーク州の書面同意義務を日本国内案件へそのまま適用することはできません。ただし、契約で確認する項目そのもの(用途・媒体・国・期間・報酬・改変・再利用・削除)は、日本国内案件でも共通で使えるチェックリストとして活用できます。
グローバル配信を伴う案件では、配信先の国ごとに追加で確認が必要になります。EU圏はGDPR、米国は州法ごとの整理、中国は個人情報保護法(PIPL)とディープシンセシス規定など、地域固有の枠組みが並行します。
NY州労働局の公式動画で制度を確認する
ニューヨーク州労働局は、Fashion Workers Actの概要を公式YouTubeで解説しています。次の動画は制度全体の案内で、モデル管理会社・クライアント・モデル本人それぞれの義務を確認できます。
動画:NYSLabor 公式チャンネルより引用
動画は制度全体の案内です。人物デジタルツインに関する具体的な書面承認の内容は、州労働局のFAQと法令原文をあわせて確認してください。
よくある質問(FAQ)
Q1. AIモデルのデジタルツインを広告に使うとき、報酬はどう決めますか?
ニューヨーク州のFashion Workers Act対象案件では、書面同意に「報酬率(rate of pay)」を記載する義務があります。日本国内案件では法定基準はなく、収録・制作・利用期間中の掲載・更新の各段階で対価を分けて設定するのが実務的です。撮影の対価と、生成後の広告掲載料を切り分けて交渉します。
Q2. モデル本人がデジタルツインを所有すれば、ブランドは自由に使えますか?
いいえ、所有と利用許可は別です。モデル本人が所有していても、ブランドが使える範囲は契約で決めた用途・媒体・国・期間に限られます。契約範囲を超えた使い方(別の広告、別の国、別の商品)には、あらためて本人の承認が必要です。
Q3. 過去に撮影した素材をAIで変更して新しい広告に使えますか?
ニューヨーク州労働局のFAQでは、以前の契約が新しい広告を含んでいない場合、本人から新たな承認を得なければならないと説明しています。日本国内案件でも、当初の契約に用途・媒体・期間が明記されていない再利用は、あらためて本人へ承認を得るのが基本です。
Q4. デジタルツインの契約は、通常のモデル起用契約と何が違いますか?
大きな違いは、元データと生成物のライフサイクルが長く続く点です。撮影素材や3Dスキャン、生成済みAI画像は、契約終了後もデータとして残り、再利用や新規生成の材料になり得ます。所有・管理・削除の条項が通常の起用契約よりも重くなります。
Q5. 日本の広告主が海外のモデルを起用してデジタルツインを作る場合、どの国の法律を見ますか?
案件の実施地、モデルの居住地、配信先の国それぞれで法制度を確認します。ニューヨーク州でモデルを起用する場合はFashion Workers Actの対象になり得ます。配信先がEUを含めばGDPR、中国を含めばPIPLとディープシンセシス規定を参照します。契約書には準拠法と裁判管轄を明記します。
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- H&Mのデジタルツイン広告:AIモデルの制作方針と業界への影響
- AIクリエイティブ制作の国際配信リリースチェックリスト
- AIモデル・ライセンスの実務:ブランド案件で確認する契約項目
- AI画像・動画制作の権利処理:肖像権・著作権・パブリシティ権
人物デジタルツインの契約・報酬に関する公式情報、ここにまとめました
- New York State Fashion Workers Act FAQ — デジタルレプリカの書面承認、利用範囲、目的、報酬率、期間
- New York State Department of Labor Fashion — 法律の適用開始日と制度の公式案内
- NYS Fashion Workers Act(NY州労働局公式YouTube) — 州労働局による制度解説動画
- New York Labor Law Article 36 — ニューヨーク州上院サイトの法令原文
- H&M Group公式発表 — H&Mのデジタルツイン広告と制作方針
- Business of Fashion取材 — 所有、管理、報酬方針に関する取材記事。H&Mの契約書ではありません
- 個人情報保護委員会 — 日本国内の個人情報保護法に関する公式案内
この記事は公開情報をもとにした一般的な情報整理であり、個別案件への法的助言ではありません。
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