主要5地域の表示規制の全体像
表示を求める根拠は、地域ごとに別の法体系に立っています。おおまかに5系統へ分かれます。
- 日本:経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」、消費者庁の景品表示法・特定商取引法、業界別の自主ルール。表示義務の単独法は未整備。
- EU:AI Act Article 50。生成AIシステム提供者に機械可読の来歴情報、公開者にディープフェイク等の人間可読ラベルを求めます。2026年8月2日から適用。
- 米国:連邦の統一ルールはなく、FTC広告指針、カリフォルニア州AB2013、テネシー州ELVIS Act等の州法が並立。
- 中国:「生成式人工知能サービス管理暫行辦法」に加え、2025年9月施行の「AI生成合成コンテンツ識別弁法」が明示・秘匿ラベルの両方を義務化。
- 韓国:AI基本法。生成AIを使う製品・サービス提供者に事前告知と生成物への表示を求めます。2026年1月22日施行、7月21日改正が現行。
同じブランドの1本の映像でも、配信国ごとに要求水準が異なります。まず制度を横並びで置き、媒体・言語・アカウント単位でどの規制が当たるかを確認します。
日本の表示に関する主要文書
日本にはAI生成物への表示を一律義務付ける単独法はありません。実務は次の3系統で組み立てます。
第一に、経済産業省・総務省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」。AIを開発・提供・利用する3立場に分け、透明性の確保と情報提供の考え方を整理しています。判断根拠として稟議書へ引用できます。
第二に、消費者庁の景品表示法・特定商取引法。AI生成のモデルを実在人物のように見せかけ商品の効果をうたう表示は、優良誤認や不当表示にあたり得ます。生成である旨の注記要否は、表示全体の印象で判断されます。
第三に、業界別の自主ルール。日本広告業協会や日本インタラクティブ広告協会などが、生成AIを用いた広告表現の考え方を示しています。掲載媒体側が独自に表示位置を指定する場合もあります。
日本市場向け公開でも、参照した文書と確認日を制作記録に残します。文化庁「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」は、権利側の確認資料として別軸で使います。
EU AI Actの分類とAI生成コンテンツの位置づけ
EU AI ActはAIシステムをリスクに応じて分類し、透明性義務を課します。ブランド公開で関わる中心はArticle 50です。
生成AIシステムを提供する事業者は、AIで生成・加工した音声、画像、動画、文章に機械可読の印を付ける必要があります。C2PAなどの来歴情報や、透かし技術による識別子が想定されています。
公開側の事業者は、実在人物・実在の出来事に近い合成コンテンツ(ディープフェイク)や、公共性の高い話題についてAIで生成・加工した文章に、人が認識できる方法で表示することが求められます。人が内容を確認・編集し、公開者が編集責任を負う場合には例外が設けられています。
「ファイルに来歴情報が入っているから画面上の表示は不要」とは一律に判断できません。自社がArticle 50上のどの立場か、公開物がディープフェイクの定義に触れるかを、案件ごとに分けて確認します。
米国の主要ガイダンス
米国は連邦の統一的AI表示ルールが未制定です。確認する主要ガイダンスは次のとおりです。
- FTC広告表示指針:AIで生成した推薦や、実在人物の見た目・声を模した広告は、消費者を誤認させる不公正・欺瞞的行為に該当し得ます。表示位置と読みやすさが重視されます。
- カリフォルニア州AB2013:生成AI開発者に学習データの概要開示を求める法律。2026年1月1日適用。
- テネシー州ELVIS Act:実在人物の声を無許諾でAI複製する行為への保護を強化。
- FEC/FCC:政治広告におけるAI生成コンテンツ表示について公示・意見募集中。
米国向け公開は、州単位と業種単位で当たる規制が変わります。特に金融、医療、選挙関連は連邦・州とも個別ルールが乗るため、公開前に対象州と業種を切り分けます。
中国「生成式人工知能サービス管理暫行辦法」の要点
中国は生成AI規制を早期に整備し、公開側にも重い義務を課します。中心は2文書です。
「生成式人工知能サービス管理暫行辦法」(2023年8月15日施行)は、サービス提供者に、社会主義的価値観への適合、事前のセキュリティ評価、生成物への識別ラベル付与を求めます。
「AI生成合成コンテンツ識別弁法」(2025年9月1日施行)は、生成物に、視認できる明示ラベルとメタデータへの秘匿ラベルの双方を付けるよう定めます。中国国内向け公開では、プラットフォーム側のラベル付与に加え、素材段階での識別子維持が必要です。
海外ブランドの中国大陸向け配信は、現地代理店・現地法人経由が通常です。実際の公開者、識別ラベル付与の責任所在を契約書で切り分けます。
韓国のAI Act動向
韓国AI基本法は2026年1月22日施行、7月21日の改正版が現行です。
現行条文は、生成AIを使う製品・サービスの提供者に、生成AIを使う事実を利用者へ事前告知するよう求めます。生成物にはAIで作られた旨を表示し、実写や実在人物と見分けにくい場合は、利用者が明確に認識できる方法で示す必要があります。
適用範囲には、国外行為でも韓国市場・利用者に影響する場合を含む規定があります。韓国科学技術情報通信部は少なくとも1年間の猶予期間を設け、原則として実態調査と過料の賦課を見送ると案内しています。猶予は「対応しなくてよい期間」ではなく、社内制度の整備期間として位置付けます。
一元的なrelease確認リスト12項目
地域ごとに個別シートを作ると、案件が増えるほど確認漏れが増えます。全地域の最大値を満たす1枚の確認表を作り、地域ごとに省略可否を注記する運用が現実的です。次の12項目を推奨します。
- 公開地域と配信媒体(国・言語・アカウント別)
- 公開者と法的責任主体(自社/代理店/現地法人)
- AIで生成・加工した範囲(全体/部分/音声のみ等)
- 実在人物・実在ブランドの写り込み有無
- ディープフェイク該当性の判定
- 使用モデルとバージョン、事業者の利用規約
- 学習素材と入力素材の権利範囲
- 機械可読の来歴情報(C2PA、SynthID等)の保持状況
- 人間可読の表示文言・位置・表示時間
- プラットフォーム側のAIラベル機能の利用状況
- 参照した公式情報と確認日、参照担当者
- 承認3段階(採用/条件付き/保留)と判断者
社内テンプレートとして固定し、案件開始時に「今回省く項目」を明記する運用が、確認漏れと過剰確認を防ぎます。制作フローの詳細は生成AIで作った素材の稟議・承認フロー設計も参考にしてください。
稟議で越境公開の管理体制を提示する
海外公開の稟議で問われるのは「どの地域で、どの表示を、誰の責任で行うか」です。案件ごとにゼロから資料を作ると、決裁で判断がぶれます。
社内稟議へそのまま添付できる形で、地域別の規制整理、判断根拠、承認3区分、公開後の確認までをそろえた資料として、有料調査「AI技術活用 社内稟議決定版」(¥29,300/全46ページ)を公開しています。稟議サンプル、決裁者向け要約、段階的な導入手順を収録しています。
商用利用の可否判断そのものは、生成AIを企業が商用利用する際の判断基準に整理しています。
開示形式の4パターン
各地域が求める「表示」の形式は一つではありません。よく採用される4形式に整理します。
- 明示テキスト:画面内・画像内・キャプションに「AI生成」「AIで加工」等を置く。CMS上で編集可能な位置を確保します。
- メタデータ埋込:C2PA準拠のマニフェストをファイルに埋め込む。SNS再アップロードで剥離することがあり、原本と公開版で確認します。
- 透かし・埋込識別子:SynthIDなど、視覚品質を保ちながら識別子を埋める技術。サービス側が付与する場合、除去しない設定で書き出します。
- ページ内注記:EC商品ページ、記事末尾、動画説明欄に「本画像はAI生成」等を置く。ページ全体でルール統一。
同一制作物を複数媒体で使い回す場合、使える形式が媒体ごとに違います。開示形式は媒体×地域で先に設計します。
地域別に弁護士相談が必要な4状況
社内シートで判断できる範囲を超えるときは、対象地域の専門家へ確認します。相談が必要になる代表的な状況は次のとおりです。
- 実在人物の顔・声・作風を模したAI生成物を、パブリシティ権・肖像権法制の異なる地域で公開する場合
- EU AI Act Article 50のディープフェイク定義に該当し得るが、編集責任の例外が使えるか判断が割れる場合
- 中国国内配信で、明示ラベルと秘匿ラベルの実装責任所在(現地法人・代理店・プラットフォーム)が不明な場合
- 米国選挙・医療・金融の規制業種で、州法と連邦ガイダンスが同時に当たる場合
本記事は編集・制作上の確認手順の整理です。公開判断の最終段は、対象地域の弁護士・現地カウンセルへ確認してください。
越境公開でよく起きる4つの見落とし
社内で確認体制を組んでも、実務では次のような見落としが起きます。
- SNSでの来歴情報剥離:C2PA情報がプラットフォーム経由の圧縮で消える。公開後のファイルで再確認する工程を残します。
- 地域切り替え時のラベル漏れ:日本向け画像をEU向けアカウントへ流用する際、表示文言の更新を忘れる。アカウント単位の承認履歴を分けます。
- 代理店経由公開の責任所在:現地代理店が公開者となる場合、AI Act上の義務が代理店側にも及び得ます。契約書で分担を明記します。
- モデル評価と実運用のズレ:稟議承認モデルと本番使用モデルのバージョンが異なる。公開時点のモデル名・バージョンを制作記録へ残します。
評判リスク側の整理は生成AIとブランドレピュテーション・リスクでも扱っています。
よくある質問
「AI生成」の表示は日本語だけでよいですか
日本国内向け媒体では日本語表示で構いません。複数地域で同時公開する場合、現地語・英語表記の並記が安全です。文言は各地域のガイダンスや業界ルールで例示のあるものを優先します。
部分的にAIで加工した写真も表示が必要ですか
加工の内容と対象で変わります。EU AI Actはディープフェイクを主眼とし、日本の景品表示法は消費者の商品理解を誤らせる加工に注意が必要です。背景差し替えのみで商品本体や実在人物の見た目を変えていない場合、表示要否は媒体側のルールに従うことが多くなります。
中国国内向け配信は、日本本社でC2PAを付ければ足りますか
中国は明示ラベルと秘匿ラベル双方が求められる設計です。C2PAの秘匿情報だけでは足りず、画面上の明示ラベルも別途必要になります。実装責任がプラットフォーム側か公開者側かは、配信先ごとに現地パートナーへ確認します。
韓国AI基本法の猶予期間中は表示を省略できますか
猶予は「対応しなくてよい期間」ではなく、社内制度を整備する期間として位置付けます。韓国科学技術情報通信部は原則として実態調査と過料の賦課を見送ると案内していますが、条文上の告知義務・表示義務は施行済みです。猶予明けを想定した表示運用を、猶予期間中から並行して回します。
米国での公開でFTC広告表示指針だけを確認すれば足りますか
FTC指針は連邦レベルの共通軸ですが、州法と業種別ルールが上乗せされます。カリフォルニア州AB2013、テネシー州ELVIS Act、政治広告のFEC・FCC公示に加え、金融は連邦・州の金融当局、医療はFDA関連ルールが並立します。対象州と業種の組み合わせを先に決め、当たる規制の一覧を案件開始時にそろえます。
参照した情報
- 経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」
- 消費者庁「景品表示法」
- 文化庁「AIと著作権について」
- 欧州委員会「Article 50 透明性ガイドライン」
- 欧州委員会「Transparency rules for AI systems」
- Federal Trade Commission「Endorsements and Reviews」
- California Legislative Information「AB-2013 Generative artificial intelligence」
- 国家互联网信息办公室「生成式人工智能服务管理暂行办法」
- 国家互联网信息办公室「AI生成合成コンテンツ識別弁法」
- 韓国AI基本法 Article 31
- 韓国科学技術情報通信部「AI基本法と施行令の施行」
- 生成AIを企業が商用利用する際の判断基準
- 生成AIとブランドレピュテーション・リスク
- 生成AIで作った素材の稟議・承認フロー設計
- AI技術活用 社内稟議決定版
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