従来ワークフローと再設計後の 5 つの変化
生成 AI を入れる前と後で、工程の重心と担当が変わります。とくに次の 5 点は、多くのブランドで共通して起こる変化です。
試作フェーズの前倒し
これまでは撮影や外部発注の後に初稿が出ていましたが、生成 AI を使うと企画と同じ段階で試作を並走できます。ブリーフを固める前に、複数案のビジュアル方向を担当者と共有できます。試作は判断材料の一つであり、完成物の下書きではありません。位置づけを言葉で決めておかないと、試作が事実上の初稿として独り歩きします。
選定作業の増加
出力数が増えるほど、選ぶ側の負担が増えます。従来は「A 案・B 案・C 案」から選ぶ形式で済んでいた工程が、数十枚から絞る作業に変わります。選定基準を先に決め、担当者が同じ判断を下せる形にしておく必要があります。基準がない状態で選定に入ると、印象の言葉が飛び交い、結論が個人の好みに寄ります。
修正の担当者移動
これまで外部の制作会社が受け持っていた小さな修正が、社内で完結する場面が増えます。ブランド担当や制作担当が自分で色調や背景を直せるようになり、外部への発注件数は減ります。かわりに、社内での作業時間と品質責任は増えます。誰がどこまで直してよいか、直した結果を誰が確認するかを、案件を始める前に決めておきます。
承認確認項目の追加
商品情報、文字、権利、掲載仕様に加え、入力素材の権利範囲、利用したサービスとモデル、AI 生成表示の要否が承認前の確認に加わります。従来の確認表では抜けが出るため、承認前チェックを更新します。
制作記録の粒度
生成に使ったサービス、モデル、指示文、参照素材、修正指示、判定理由まで残す必要があります。次の案件で同じ判断を再現し、規約改定や外部照会に備えるためです。記録がなければ、同じ担当者でも半年後には理由を再現できません。
再設計する 8 ステップ
ブリーフから展開・記録までを 8 つに分け、生成 AI で動く部分と、人が残る部分を明確にします。
1. ブリーフ
伝える相手、伝えたい内容、掲載先、変更してよい範囲を先に決めます。生成 AI を使うかどうかはブリーフでは決めず、方向を固めた後で判断します。
2. 企画
案の方向を 2〜3 本に絞り、参照素材の候補も同時に集めます。生成 AI で試作する予定があるなら、この段階で入力可能な素材の範囲を確認します。
3. 参照素材整備
自社で権利を管理する素材、公開済み素材、契約範囲内で使える写真や映像を洗い出します。参照素材の質と量が、試作の質をそのまま決めます。承認済みの正面・側面・詳細カットが手元にない商品は、生成前に社内で撮影・確定します。
4. 試作
複数モデル、複数指示で候補を出します。ここでは完成度より、方向の幅を確かめる目的で回します。試作段階の結果を初稿と混同しないよう、ファイル名と共有先の運用ルールを決めておきます。
5. 選定
出力を、先に決めた基準で絞ります。企画意図、商品情報の正確さ、画像内の文字、掲載サイズの 4 項目を、少なくとも制作担当とブランド担当の 2 名で確認します。見送った候補にも理由を残します。
6. 修正
生成 AI で直す部分と、人の編集で直す部分を切り分けます。文字組み、細部の合成、色調整は人が担当した方が早い場面も多く、すべてを生成 AI で完結させる必要はありません。
7. 承認
商品担当、法務、情報管理、公開責任者へ順に回します。承認前に、入力素材の権利範囲と利用サービスの規約を再確認します。規約は改定されるため、稟議通過時と公開時で条件が同じかを直前に見ます。
8. 展開・記録
承認したファイルと公開版が同じかを確認し、掲載先ごとに書き出します。書き出しやサイズ変更、圧縮、CMS への取り込みで色や文字が変わることがあるため、公開直前にも承認時のファイルと並べて見ます。あわせて、利用したサービスとモデル、主な指示、参照素材、修正内容、確認者、公開先を制作記録として残します。記録は次の案件の判断素材であり、規約改定や外部照会への備えでもあります。
役割分担の再定義
再設計後は、5 者の役割線が引き直しになります。役割は固定ではなく、案件の性質に応じて重なり方を変えます。
- ブランド担当: 企画意図と伝達内容の責任者。試作段階から加わり、選定と承認の両方に関与します
- 制作担当: 生成 AI の運用と、人の編集で直す部分の実務担当。試作、選定、修正を中心的に動かします
- 法務: 入力素材の権利範囲、利用サービスの規約、掲載時の表示要件を確認します。承認前の関与を必須にします
- 情報管理: 入力できる素材と入力できない情報(未発表情報、個人情報など)を切り分けます。制作記録の保管方法も担当します
- 外部パートナー: 撮影、原案、専門的な合成、翻訳など、社内で持たない専門性を担います。指示と受け渡し方法をあらかじめ文書化します
一人が複数の役割を兼ねる中小規模の体制でも、確認する立場と作業する立場は同じ人でも別の工程として扱います。誰がどの立場で確認したかを記録すれば、問題が起きたときに戻る工程を見つけやすくなります。
モデル選定がワークフローに与える影響
同じ制作物でも、選ぶ画像生成・動画生成モデルによって、試作から修正までの工数配分は変わります。文字表現に強いモデル、写実的な質感が得意なモデル、長尺の動画に対応するモデルは、それぞれ得意分野と制約が異なります。ワークフローを組んでから、そこに合うモデルを選ぶ順番が現実的です。
社内で扱うモデルを絞り込むには、用途別の得意領域、商用利用条件、料金体系を横並びで把握しておく必要があります。編集部で継続的に整理しているのが、有料調査「2026 H2 画像生成 / 動画生成モデル カオスマップ」(¥19,800 / 全 50 ページ)です。主要モデルの得意分野、商用条件、料金、社内導入時の適性を一枚で確認できます。
判断基準の切り出し方は、生成 AI 活用の判断基準を社内につくる方法で 7 項目に整理しています。ワークフローと合わせて確認すると、選定と承認の設計がそろいます。
段階導入の順序
再設計を一度に全社へ広げると、混乱と差し戻しが増えます。1 業務 → 1 部門 → 部門横断の順で広げるのが安全です。
まず、素材と権利関係が整理されている業務を 1 つ選びます。SNS 用の商品カット差し替え、社内資料の図版整備、商品ページの背景生成など、成果と失敗の判断がしやすい業務が向きます。担当者を 2〜3 名に絞り、記録形式を先に確定します。
次に、同じ部門内へ広げます。この段階で、判断基準、承認手順、記録項目を部門標準に落とし込みます。部門長と法務が承認プロセスに関与し、社外公開まで進めても問題ない状態を確認します。
最後に、部門横断へ広げます。ブランド、商品、広報、営業支援など、複数部門で同じ判断基準と記録形式を使えるようにします。この段階では、AI クリエイティブとは?意味や種類、企業での活用方法を分かりやすく解説や、自社ブランド資産を AI で編集する社内運用の考え方といった全体像の資料を参加者へ共有しておくと、理解が揃います。
概念検証(PoC)から本番運用へ移す判断は、業務ごとに独立して行います。1 業務で結果が出ても、別業務でそのまま使えるとは限りません。業務ごとに、素材の性質、確認者、掲載先、修正頻度が違うためです。移行時には、担当者・記録形式・承認手順の 3 点を新業務向けに書き直します。
再設計時によくある失敗 3 パターン
試作が増えすぎる
生成 AI で出力数を増やすほど選択肢が広がると考え、枚数を積み上げると、選定の負荷だけが上がります。試作は方向の幅を確かめる目的で回すものであり、枚数を増やすほど良い試作になるわけではありません。1 方向あたり 3〜5 枚を上限に決めておくと、選定が回ります。
選定基準が個人依存
「担当者の目で判断」で運用を続けると、担当交代のたびに採否が変わり、記録が引き継げなくなります。判断基準は文章化し、複数名で同じ結論に至るかを試してから運用に入れます。
記録が形骸化
制作記録は、書く負荷が高いほど省略されます。項目を欲張らず、次の案件で必要になる最小限に絞ります。書式が固定されていれば、担当者が変わっても記入は続きます。半年ごとに記録の欠落と重複を見直し、書式を更新します。
よくある質問
再設計は何人体制から始められますか
2〜3 名の担当者と、法務・情報管理の兼任者が 1 名いれば始められます。最初から専任チームを組む必要はありません。1 業務で運用を確立し、参加者を段階的に増やす方が定着します。
既存の外部パートナーとの関係はどう変わりますか
小さな修正や差し替えは社内で完結する場面が増えます。かわりに、撮影、原案、専門合成、翻訳など、社内で持たない専門性への発注が中心になります。契約書の業務範囲を見直し、指示と受け渡しの方法を文書化しておくと、双方の負担が減ります。
再設計の効果はどう測ればよいですか
作業時間の短縮だけを指標にすると、選定や記録の増加が見えなくなります。総所要時間、差し戻し回数、公開後の修正件数の 3 つを並べて記録します。工程の重心が動いているかを確認する目安になります。3 か月ごとに数字を見返し、増えた工程には人を、減った工程には別の業務を割り当て直します。
生成 AI を使わない案件にも新しいワークフローを当てるべきですか
参照素材整備、選定、承認、制作記録の 4 ステップは、生成 AI を使わない制作物にも当てはまります。ワークフロー再設計は、生成 AI 専用の運用ではなく、社内制作全体の設計を見直す機会として位置づけると、社内での定着が早まります。
参照した情報
- 経済産業省「コンテンツ制作のための生成 AI 利活用ガイドブック」 — 制作現場での生成 AI 利用と、権利・記録に関する考え方
- 文化庁「AI と著作権について」 — 入力素材と生成物の著作物性、既存作品との類似判断
- 個人情報保護委員会「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について」 — 未発表情報や個人情報の入力に関する注意事項
- 有料調査「2026 H2 画像生成 / 動画生成モデル カオスマップ」 — 主要モデルの得意分野・商用条件・料金の横並び(¥19,800 / 全 50 ページ)
- AI クリエイティブとは?意味や種類、企業での活用方法を分かりやすく解説 — 再設計の対象となる制作物の全体像
- 生成 AI 活用の判断基準を社内につくる方法 — 7 項目の判断基準と 3 区分の採否
- 自社ブランド資産を AI で編集する社内運用の考え方 — 承認済み素材を軸にした社内運用
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