国内ではAI導入が広がる一方、期待した効果に届かない企業も多い
IPAが2026年7月16日に公開した「DX動向2026調査のポイント」は、国内企業1,799社の回答をまとめています。AI導入は大企業を中心に広がっていますが、期待どおりまたは期待以上の効果を得た割合は限定的でした。用途と効果は業務効率化・迅速化が中心で、企業価値創出への展開も限定的です。
IDCの「Worldwide AI and Generative AI Spending Guide 2026V1」では、国内AI市場支出額が2025年の2兆3,725億円から2029年には6兆8,897億円へ拡大すると予測しています。2024年から2029年の年間平均成長率は36.0%です。
その一方で、2025年末には国内企業の5割以上が生成AIを実利用しているものの、PoCで期待する効果を得られなかった経験がある企業は6割に上ります。
市場の拡大と、個別企業が効果を得られることは別の話です。ブランド制作でAIを使う場合は、導入の有無だけでなく、画像、動画、生成編集、AI VFXなど対象工程を絞り、品質、権利、再現性、本番移行の条件を先に決める必要があります。
経営者と現場が「AIを事業に組み込む」際は、業務効率化と制作領域の両輪で扱う視点が必要です。前者は稟議・情報漏えい対策・全社研修を、後者は素材の権利・品質基準・承認記録を、それぞれ別立てで設計します。
5つの前提差 — 目的 / 対象 / 期間 / 記録粒度 / 組織要件
「AI活用」と「AI技術活用」は、次の5点で前提が異なります。
- 目的: 前者は業務時間の短縮や処理件数の増加、後者は採用できる制作物と公開判断の速度
- 対象: 前者は社内文書・データ・業務手順、後者は自社商品・ブランド素材・外部公開物
- 期間: 前者は年度計画に沿った継続改善、後者は案件単位で試作と検証を重ねる長期の営み
- 記録粒度: 前者は利用ログと業務改善報告、後者はモデル・入力素材・指示文・不採用理由まで
- 組織要件: 前者は情報システムと業務部門、後者はブランド、宣伝、制作、法務、外部制作会社まで
同じ「AIを使う」でも、確認者、責任範囲、必要な記録は別物として扱う考え方です。片方の枠だけで議論を進めると、もう片方に必要な準備が抜け落ちます。
たとえば業務効率化としての「AI活用」だけを想定した社内ガイドラインでは、商品画像を外部サービスへ入力してよいか、生成物を公開してよいかまで書かれていないことが多くあります。制作領域を扱う担当者は、業務ガイドラインとは別に、素材と公開先を前提にした運用文書を用意する必要があります。
「AI活用」で止まると失うもの — 記録欠落、判断属人化、外部依存の3種
社内で「AI活用」の号令だけが先行し、クリエイティブ制作を業務効率化と同じ枠で扱うと、次の3種類の損失が生じます。
1. 記録欠落
どのモデル、どの入力素材、どの指示文で制作したかが残らないため、公開後の問い合わせや権利上の照会に答えられません。同じ制作物を再現することも、次の案件へ知見を継承することもできません。
2. 判断属人化
採否の理由が担当者の感想にとどまり、後任や上位確認者が同じ制作物へ同じ判断を下せません。担当が変わるたびに基準が揺れ、外部制作会社への発注条件も変動します。
3. 外部依存
社外のツールや制作会社が変わると、蓄積が引き継げず、都度ゼロから検証をやり直します。判定基準も素材ライブラリも社内に残らないため、契約解除や価格改定に弱くなります。
これらは「AIを使えていない」ことによる損失ではなく、「AIを使ってしまったが、記録と判断を組織に残していない」ことによる損失です。前者の言葉だけで進めた組織ほど、後から埋め直す工数が大きくなります。
「AI技術活用」で得られる4つの資産 — 判定基準 / 素材ライブラリ / 契約知見 / 学習継続性
技術として位置づけると、案件を重ねるほど社内に蓄積が積み上がります。積み上がる資産は、大きく次の4つです。
- 判定基準: 企画との一致、商品情報、文字、権利、掲載仕様など、案件を横断して確かめる項目
- 素材ライブラリ: 承認済み参照素材、社内利用が許諾された入力素材、モデル別の成功事例
- 契約知見: モデル契約、外部制作会社との権利条項、利用サービスの規約改定履歴
- 学習継続性: モデルや利用条件が変わった際に、以前の検証結果と比較して再判断する仕組み
これらは、担当者の異動や制作会社の入れ替わりを越えて残ります。判定基準や素材ライブラリを社内資料として整えるほど、次の案件で必要な確認時間が短くなります。
道具としての「AI活用」に投じた時間は当該案件で消えますが、組織能力としての「AI技術活用」に投じた時間は、資産として翌年以降の案件へ持ち越されます。
判定基準は文書として、素材ライブラリは共有ストレージ上のフォルダ構成として、契約知見は法務側の台帳として、学習継続性は月次の振り返り会として置くと、担当が変わっても継承されます。置き場所と管理者を先に決めてから、内容を書き足していく順序が安全です。
転換の3段階 — 認識期 / 制度化期 / 継続運用期
「AI活用」から「AI技術活用」への転換は、一度の宣言では起きません。実務としては次の3段階で進みます。
認識期
経営層と現場が、業務効率化と制作領域を分けて話す状態を作ります。会議で「AI活用」と言われたら、対象業務、確認者、公開先を先に確かめる習慣を持ちます。
制度化期
判定基準、記録項目、承認プロセスを社内資料化します。案件着手前に「今回確認する項目」と「省く項目」を担当者間で合意する運用を組み込みます。
継続運用期
案件ごとの記録を月次で振り返り、モデル更新や規約改定に合わせて判定基準を更新します。制作会社との契約も、更新時期に条項を見直す前提で運用します。
各段階で必要な担当者と時間が異なるため、段階を飛ばすと制度が形骸化します。認識期を省いて制度化期から入ると、資料は整うが誰も運用しない状態が残ります。制度化期を飛ばして継続運用期の議論に入ると、担当者ごとに独自の運用が並走し、後から統合するのに時間がかかります。
進度の目安として、認識期は1〜2か月、制度化期は3〜6か月、継続運用期は年度単位で見るのが実務的です。既存の年度計画に組み込むほど、稟議と予算配分の折り合いが付けやすくなります。
稟議で押さえる論点
「AI技術活用」を組織へ導入する際、稟議では次の論点が問われます。
- 業務効率化との違いを、対象業務・確認者・記録範囲で説明できるか
- 概念検証(PoC)で確かめる項目と、本番運用へ移す判断基準が事前に決まっているか
- 契約、利用規約、素材権利の確認プロセスが承認フローに組み込まれているか
- 案件記録の保存場所と、責任者・引き継ぎ手順が明記されているか
- 決裁者向けの要約と、現場担当者向けの手順書が別に用意されているか
これらの論点を、実際に社内決裁を通した実例と稟議サンプルにまとめた資料がAI 技術活用 社内稟議決定版(¥29,300 / 全 46 ページ)です。決裁者向け要約、判定シート、4段階の導入手順、契約確認項目まで収録しており、稟議の骨格をゼロから作らずに済みます。
稟議の場では、決裁者と現場担当者で確かめたい粒度が異なります。決裁者は投資判断と責任所在、現場担当者は運用手順と確認タイミングを見ます。両者へ同じ資料を渡すのではなく、要約版と手順版を分けて用意しておくと、質疑の往復回数が減ります。
「AI活用」から「AI技術活用」へ翻訳する5手順 — 用語再定義 / 対象再設定 / 記録運用追加 / 判定基準書面化 / 契約再交渉
社内で「AI活用」の言葉だけが浮いている場合、次の5手順で「AI技術活用」へ翻訳します。
- 用語再定義: 会議資料と社内ポータルで、業務効率化と制作領域を別項目に分ける
- 対象再設定: どの商品カテゴリ、どの媒体、どの公開先を対象にするかを最初に確定する
- 記録運用追加: モデル、入力素材、指示文、判定結果、不採用理由を保存する項目を決める
- 判定基準書面化: 採用・要修正・不採用の3区分と、案件別の重点項目を担当者間で合意する
- 契約再交渉: 制作会社、モデル契約、利用サービスの規約について、AI利用と権利条項を更新する
一度に全部を進めず、対象商品を1〜2ラインに絞って試すのが現実的です。判定基準と記録項目が固まってから、対象を広げます。翻訳の順序を守れば、既存の業務効率化施策とぶつからずに制作領域の運用を積み上げられます。
対象商品を選ぶ際は、公開頻度が高く、素材の権利が自社で管理できているラインから始めるのが安全です。権利関係が複雑な商品や、外部モデルや芸能事務所を絡む商品を最初に選ぶと、契約再交渉に時間を取られ、判定基準の運用検証まで到達しません。
転換が難しい3つの状況 — 単発案件中心 / 制作会社完全外注 / 経営層の関心が限定的
すべての企業が同じ速度で転換できるわけではありません。次の3つの状況では、転換が難しくなります。
- 単発案件中心: 継続案件が少なく、記録を蓄積しても次の案件で活かせる保証がない
- 制作会社完全外注: 制作工程がすべて外部に置かれ、社内に判定できる担当者が育っていない
- 経営層の関心が限定的: 業務効率化には投資が下りるが、制作領域は現場任せになっている
これらの状況では、判定基準や素材ライブラリを整えても運用者が定着しません。転換を進める前に、社内で継続的に判断できる担当者を確保するところから始める必要があります。担当者が1名でも社内にいれば、外部制作会社の成果物を判定基準に沿って評価し、記録として残せます。
「AI技術活用」に向かない場合 — 制作物量が少ない / 権利が単純 / 内製化投資が回収期を超える
一方で、すべての企業が「AI技術活用」を制度化する必要はありません。次のような場合、業務効率化としての「AI活用」にとどめる判断も合理的です。
- 制作物量が少ない: 年間の公開クリエイティブが限定的で、社内で判定基準を運用する負荷に見合わない
- 権利が単純: 自社で完結する素材のみで、外部モデルや契約更新の論点がほとんど発生しない
- 内製化投資が回収期を超える: 判定基準・素材ライブラリの整備にかかる時間が、外部委託費より高くつく
判断の順序は、まず自社の制作量と権利構造を確かめ、その上で内製化と外部委託の費用を比較することです。制度化の宣言を先に置くのではなく、自社の実情に照らして必要な範囲を決める考え方です。
よくある質問
「AI活用」と「AI技術活用」を社内で分ける説明はどこから始めますか
会議資料の見出しから分ける方法が、最も摩擦が少ないやり方です。「AI活用」の下に「業務効率化」と「クリエイティブ制作」を並列に置き、それぞれの担当者と確認項目を分けて記載します。1回の会議で両方を扱う場合も、議題を分割して時間を割り当てます。
判定基準は自社で作るべきですか、外部の雛形を使うべきですか
外部の雛形は初期の骨格として使えますが、自社商品・ブランド素材・公開先に合わせて必ず加筆します。案件を重ねながら、実際に起きた採否事例を反映して更新する運用が前提です。雛形をそのまま使い続けると、自社の制作物に合わない項目が残り、担当者が形式的な記入にとどまります。
制作会社との契約はどのタイミングで見直しますか
契約更新時期に加え、モデルや利用サービスの規約改定があった際にも見直します。改定履歴を社内で共有し、次の更新交渉で条項に反映する準備をしておきます。急な規約変更で運用が止まらないよう、代替サービスと外部制作会社を複数把握しておく体制も合わせて整えます。
判定基準の運用は誰が担当するのが妥当ですか
制作物の公開判断に責任を持つブランド担当が主管となり、権利確認は法務、記録の保存と検索は情報管理部門と分担する形が一般的です。1名に集中させず、確認・判定・記録を役割で分けることで、担当者が異動しても運用が止まらなくなります。
「AI技術活用」は情報システム部門ではなくブランド部門の管轄にすべきですか
管轄と実務は分けて考えます。判定基準の内容と運用は、制作物の公開判断に責任を持つブランド部門が主管するのが実務的です。一方で、記録の保存先、アクセス権、モデル契約の一元管理は情報システム部門と法務が担うのが安全です。全社ガイドラインは情報システム部門、制作領域の運用文書はブランド部門と、二層に分けて整えると、業務効率化と制作の議論が混ざりません。
参照した情報
- IPA — DX動向2026調査のポイント — 国内1,799社におけるDX・AI導入、効果、用途、企業価値創出の状況
- IDC Japan — 国内AI市場は今後4年で約3倍に成長 — 国内AI市場の2026V1予測、生成AIの実利用、PoCで期待効果を得られなかった経験
- 経済産業省 — AI事業者ガイドライン — 企業がAIを扱う際の基本的な考え方と関係者の責務
- 文化庁 — AIと著作権 — 入力素材や生成物に関する著作権上の論点
- 個人情報保護委員会 — 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について — 個人データを入力する場合の注意事項
- AI クリエイティブとは?意味や種類、企業での活用方法を分かりやすく解説 — 制作領域の全体像を把握する
- 生成AIを社内で使うための順序を整理する — 対象商品・記録項目・承認プロセスを段階的に整える
- 生成AI活用の判断基準を社内につくる方法 — 採用・要修正・不採用の3区分と判定シート例
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