生成AI案件で発注書を分ける理由

従来の制作案件では、目的、納期、ファイル仕様、色指定、修正回数を書けば発注書として機能しました。生成AIが入ると、それに加えて「AIへ入力してよい素材」「AIに任せてよい判断」「AIが出したものを誰が確認するか」を決める必要があります。これらを空欄にして発注すると、制作会社はブランドに気を遣って安全側へ寄せ、ブランドは想定よりも狭い提案しか受け取れません。

もう一つの背景は、来歴情報(Content Credentials・C2PA)や広告プラットフォームのAI開示ラベル、各国のAI規制が、いずれも「誰が、どの工程で、どのAIを使ったか」を残す方向に動いていることです。納品後に来歴情報を再構築するのは難しいので、発注時点で「制作記録の書式」を決めておくのが実務的です。

以下の八項目は、発注四項目、制作中二項目、納品二項目に分かれています。番号順に発注書へ落とし込めば、そのまま一枚の「判断分担表」になります。案件の規模や公開範囲に応じて、必要な項目だけを抜き出して使ってください。

発注時に決める4項目

1. AIを使ってよい目的と工程

「生成AI使用可」だけでは、企画の参考なのか、ラフ制作なのか、背景生成、商品画像、人物、動画、音声まで含むのかが分かりません。

ブランド側は、AIを使ってよい工程、事前承認が必要な工程、使わない工程を示します。制作会社には、より適切な方法がある場合に提案できる余地を残します。最初から特定のツールへ固定すると、品質や契約条件に合う選択肢を狭めることがあります。逆に、ブランド側から「この工程は人が担当する」と明示できると、制作会社は工数の内訳を組みやすくなります。

工程の区切りは、案件によって粒度が変わります。画像案件なら「参考画像収集/ラフ/方向性決定案/人物・商品差替え/最終仕上げ/書き出し」、動画なら「絵コンテ/モーション設計/音声・音楽/編集/MA」のように、共通言語として使える段階名を先に合意しておくと、この後の項目もそろえやすくなります。

2. 使用できる素材

自社商品、ロゴ、パッケージ、人物、過去の広告、ブランドガイド、参考作品を分けます。それぞれについて、生成AIへの入力可否、追加学習やモデルカスタマイズへの使用、制作中の共有、公開物への利用の四つを一枚の表で確認します。

閲覧できる素材と、AIへ入力できる素材は同じではありません。所属タレントの肖像権、商用ライセンスが切れているストック素材、他社ブランドが写り込んだ過去広告など、社内で共有されているだけの素材は、AIへの入力が別途の許諾を必要とする場合があります。制作会社が保有する素材や外部のストック素材も、AI入力可否と学習可否を契約範囲で確認します。

3. 変えてはいけない要素

商品形状、ロゴ、色、文章、数値、人物、制服、店舗、パッケージなど、変化すると問題になる要素を具体的に示します。「ブランドらしさを守る」とだけ伝えるより、確認する対象が明確になります。表現の自由度を残す要素と、正確さを優先する要素を分けるのがポイントです。

生成AIは商品形状や文字の形をわずかに崩したり、パッケージの表記を意味の通らない文字列に置き換えたりします。ブランド側が「絶対に変わってはいけない」と考える要素を、参考画像とテキストの両方で提示しておくと、制作会社は最終出力の検品項目として扱いやすくなります。

4. 公開先と公開地域

Web、SNS、広告、店頭、イベント、営業資料では、ファイル仕様と確認事項が異なります。複数国で公開する場合は、表示、言語、広告条件、AI開示ラベルの扱い、契約範囲も変わることがあります。

企画時に公開先と地域を共有しておけば、完成後にサイズや表示だけを作り直す手戻りを減らせます。米国・EU・国内では、広告における合成メディアの表示や、著名人の肖像使用について運用が異なるので、地域ごとの制約は「制作後に確認」ではなく「発注時に確認」に位置づけます。

制作中に共有する2項目

5. 中間確認のタイミング

生成AIは短時間で案を増やせますが、案が多いほど承認が速くなるわけではありません。ラフ、方向性決定、商品・人物の精度確認、最終仕上げなど、戻れなくなる前の確認点を決めます。

中間確認では、完成度より判断項目を明確にします。「どの表現方向を選ぶか」と「商品が正しいか」を同じ会議で混ぜないほうが、判断が進みます。判断項目が分かれていれば、ブランド側の担当者と、承認権限を持つ責任者を別のタイミングで巻き込みやすくなります。

6. 変更履歴と不採用理由

採用案だけでなく、大きく方向を変えた理由や、品質上の問題で外した出力を数点共有します。これで、ブランド側は制作会社の判断を確認でき、制作側は同じ失敗を繰り返さずに済みます。

すべてのプロンプトを納品物にする必要はありません。案件の再現や説明に必要な範囲を契約で決めます。多くの案件では、採用案に至る主要バージョンのプロンプトと参考画像、外した理由、責任者の承認日時が残っていれば十分です。ブランド側が同一シリーズの追加制作を別の制作会社へ依頼する可能性がある場合は、プロンプトの著作権や利用範囲の扱いを、契約書へ明記しておくと安全です。

納品時に受け取る2項目

7. 最終データと制作記録

公開用データだけでなく、どのサービス、モデル、機能を使い、どの素材を入力し、どこを人が修正したかを受け取ります。ブランド側が再利用や更新を行う場合は、編集可能なデータ、フォント、リンク素材、保管期限も確認します。

Content Credentials(コンテント・クレデンシャル、C2PAの実装)が付くファイルでは、納品前の状態を検証します。Adobeの対応アプリで書き出されたPNG・JPEG・PDFなどにはC2PAマニフェストが埋め込まれており、Content Authenticity VerifyやAdobeのVerifyサイトで、AI生成の関与、編集履歴、発行元の署名を確認できます。ただし、来歴情報だけで契約や権利確認を代替しません。SNS投稿でメタデータが落ちる経路もあるので、原本と公開版の両方をブランド側で保管しておきます。

8. 公開版の確認方法

投稿や配信の過程で、ファイルの圧縮、変換、メタデータ削除が起きることがあります。ブランド側と制作側のどちらが公開後を確認するか、問題があった場合にどのデータへ戻すかを決めます。

公開後のスクリーンショットだけでなく、元データ、納品データ、公開URLを対応付けると、問い合わせや二次利用に対応しやすくなります。広告配信の再入稿や、後日発生する第三者利用(プレス、営業資料、店頭ディスプレイ)にも、そのままの制作記録が使えます。SNSや動画配信では、プラットフォームがAI開示ラベルを自動で付ける仕様に切り替わることもあるので、ラベルの有無だけを見て「本物・偽物」を判定せず、制作記録との突き合わせを基本にします。

発注書は「禁止リスト」より「判断の分担表」にする

生成AI案件の発注書が禁止事項だけで埋まると、制作会社は安全な案しか出せなくなります。ブランド側が守る条件、制作側へ任せる判断、途中で一緒に決める事項を分けることで、提案の余地と確認の速さを両立できます。

たとえば、商品の形と表示内容はブランド側が最終確認し、生成手法と修正方法は制作側が提案する。公開地域の表示条件は双方で確認する。このように役割を割り当てれば、AIを使ったこと自体を争点にせず、制作物の品質と公開条件を話せます。関連する承認記録の残し方は「ブランド側で残す生成AIの承認記録」、パートナー選定時の擦り合わせは「生成AI制作パートナーのチェックリスト」を参照してください。

小さな案件で受け渡しの型を作る

最初から全制作会社へ共通の大規模ルールを求める必要はありません。一つの画像制作や短い動画で八項目を試し、実際に使った情報だけを残します。

うまく機能した受け渡し項目は、次のRFPや発注書へ移します。質問が多かった項目は説明を足し、使わなかった項目は削ります。生成AIの利用を特別な例外処理にせず、ブランドと制作会社の通常の制作管理へ入れることが、継続利用への近道です。編集工程での承認フローは「AI編集の承認フロー」、案件全体の制作記録の残し方は「生成AIコンテンツの制作記録」も合わせて確認できます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 発注書に「生成AI使用可」とだけ書いても大丈夫ですか。 A. 実務では不足します。参考画像の生成、ラフ、背景差替え、商品画像、人物、動画、音声のどこで使ってよいかを明示し、事前承認が必要な工程を切り分けてください。

Q2. プロンプトはすべて納品してもらう必要がありますか。 A. すべてを納品物にする義務はありません。案件の再現、修正、第三者への説明に必要な主要バージョンのプロンプトと参考画像、外した理由、承認日時が残っていれば実務は回ります。

Q3. Content CredentialsやC2PAの記録があれば、契約や権利確認を省けますか。 A. 省けません。来歴情報は「どのツールでどんな編集がされたか」を示す技術情報で、素材の権利関係や委託契約の内容までは保証しません。契約書と併せて使ってください。

Q4. 小規模な案件でも八項目すべて必要ですか。 A. 一気にそろえる必要はありません。小さな画像制作や短い動画で八項目を試し、実際に使った情報だけを次のRFPに残す運用がすすめやすいです。

Q5. 海外配信を含む案件でとくに注意する項目は何ですか。 A. 公開先と公開地域(項目4)、変えてはいけない要素(項目3)、公開版の確認方法(項目8)の三つです。AI合成メディアの開示、著名人の肖像、広告表現の条件が地域ごとに異なるため、地域別の制約は発注時に確認しておきます。海外向けクリエイティブの整理は「生成AIクリエイティブの海外リリースチェックリスト」も参考になります。

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