文化庁の整理を先に確認する
文化庁は「AI と著作権に関する考え方について」で、AI と著作権の論点を大きく ① 学習・開発段階、② 生成・利用段階、③ 生成物の著作物性 の三つに整理しています。
- 学習・開発段階: 著作権法第 30 条の 4(情報解析のための利用)の適用範囲と、その例外にあたる場合の整理
- 生成・利用段階: 生成物が既存の著作物と類似する場合の侵害判断(類似性・依拠性)
- 生成物の著作物性: AI を道具として使った人に創作意図があり、生成物の表現へ創作的に寄与したといえるかを、生成までの一連の過程に沿って個別に判断
この整理は、企業が制作物を扱うときの確認順序と対応しています。学習段階の議論は主に AI 開発事業者側の論点であり、企業の制作担当者が実務で扱うのは主に生成段階と利用段階です。第 30 条の 4 は情報解析目的での著作物利用を原則として認めていますが、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は適用外とされ、この但し書きの解釈をめぐる議論は現在も継続しています。企業側は、開発事業者側の議論を追いつつも、制作物の可否判断は自社の生成・利用段階で完結させます。
生成段階で確認する4項目
1. 学習データの前提
利用するサービスが、どのようなデータで学習されたかを一次資料で確認できる範囲を把握します。多くのサービスは学習データの詳細を公開していませんが、「学習不可」を明示している素材(例:オプトアウト設定した作品、契約で禁止された素材)を入力しない運用は自社側で担保します。
2. 入力素材の権利
自社で制作した素材、購入した素材、取引先から提供された素材について、契約上の利用範囲を確認します。手元にファイルがあっても、生成 AI への入力・加工まで認められているとは限りません。契約書の該当条項と確認日を残します。
3. 指示の内容
指示文で特定の作家、作品、ブランド表現を再現するよう求めていないかを確認します。「〇〇風」「〇〇のスタイル」といった指示は、既存作品との類似性を高めるリスクがあるため、社内基準で明示的に扱いを決めます。
4. 利用するサービスの規約
商用利用可否、生成物の権利帰属、学習データへの取り込み可否、クレジット表記義務を確認します。サービス名だけで判断せず、使用した契約プランと確認日を記録に残します。規約は改定されるため、公開時点でも再確認します。同一サービスでも、無料プラン、Pro プラン、法人プランで商用利用範囲や権利帰属が異なることが多く、Free プランで生成した素材を有償プランへ切り替えても、遡って商用利用可になるとは限りません。プラン切替後に生成し直す運用が安全な場合があります。
利用段階で確認する5項目
1. 既存著作物との類似
生成物が既存の絵画、写真、映像、キャラクターと類似していないかを確認します。類似性の判断は個別性が高く、社内で結論を出せない場合は専門家へ相談します。特に有名作品との類似が疑われる場合、公開を止めて確認する運用が必要です。
2. 商標
生成物にロゴ、ブランド名、商標登録された図形が含まれていないかを確認します。実在の商標を意図せず生成した場合も、公開により商標権侵害を問われる可能性があります。
3. 意匠
商品形状、パッケージデザインが、他社の意匠登録と類似していないかを確認します。工業製品を扱うブランドでは、この確認が特に重要です。
4. パブリシティ権・肖像権
人物を含む生成物では、実在の著名人や第三者に酷似していないかを確認します。AI で生成した人物であっても、結果的に実在人物と類似すれば権利侵害が問われる可能性があります。
5. モデル契約
実在のモデルの写真を入力素材とした場合、契約に「AI 学習・生成に使用しない」条項がないかを確認します。契約時点で AI 利用条項が想定されていなかった場合、追加の書面確認が必要です。2023 年以前に締結した肖像利用契約では AI 利用が想定されていないケースが多く、過去撮影素材を AI で再編集・変換する運用に切り替える場合、契約書を洗い直して覚書を追加する判断が必要になります。撮影スタジオ、モデル事務所、代理店の三者契約が絡む場合は、いずれかの一者だけで判断せず、全当事者に書面で同意を取ります。
契約段階で確認する4論点
生成 AI サービスとの契約、外部制作会社との契約、素材提供者との契約で確認する論点です。
- 権利帰属: 生成物の著作権が誰に帰属するか(多くは利用者側だが、無償プランでは制約がある場合あり)
- 学習データへの取り込み: 入力データが提供者側のモデル学習に使われるか、オプトアウト条件は何か
- 表示義務: AI 生成物であることの表示、サービス名クレジット、生成モデルの表示が求められるか
- 賠償条項: 生成物が第三者権利を侵害した場合の責任分担、賠償上限、告知義務
契約書の該当条項と、契約日・確認日を残します。契約更新時に条項が変わる場合があるため、更新のたびに再確認します。
判断が難しい5つのケース
以下は社内判断が難しく、専門家相談を推奨するケースです。
- 学習ソースが不明: サービスが学習データを公開しておらず、生成物に既視感がある場合
- 類似判定困難: 既存作品と部分的に似ているが、全体としては別物と評価できる場合
- 二次利用: 過去に生成した AI 制作物を、新しい媒体・用途へ展開する場合
- 派生生成: 自社の AI 生成物を入力素材として、さらに別の生成を行う場合
- モデル改変: 商用モデルを自社データで追加学習し、独自モデルとして運用する場合
これらのケースでは、社内判断だけで公開に進まず、専門家の意見を書面で得る運用が安全です。特に「派生生成」と「モデル改変」は、元素材の権利、生成物の権利、追加学習で作った独自モデルの権利、モデル出力の権利が段階ごとに積み重なり、担当者が単独で説明できる範囲を超えます。契約書と技術記録を並べて、専門家へ「いつ、どの素材から、どのプロセスで生成したか」を時系列で提示できる状態を作ります。
稟議で押さえる著作権論点
生成 AI 導入の稟議では、費用と効果だけでなく、著作権関連の対応方針を含めます。稟議書サンプル、決裁者向け要約、判断が難しいケースの整理は、有料調査「AI 技術活用 社内稟議決定版」(¥29,300 / 全 46 ページ)に、4 段階導入ロードマップとあわせて収録しています。
稟議段階で押さえる著作権論点は、入力素材の権利整理状況、利用サービスの契約条件、社内相談窓口の設置、専門家との連携経路の 4 点です。この 4 点が明示されていれば、決裁後の運用で著作権論点が個別担当者の判断に依存しにくくなります。逆に、稟議書で「著作権は事業部で確認」と書くだけでは、実務で誰がどの資料を見て判断するかが決まらず、公開直前に社内が止まる原因になります。決裁段階で確認手順と担当者を紐づけておくことが、後工程での事故防止につながります。
社内で整えたい4つの体制
1. 素材管理台帳
入力に使える素材、権利者、利用範囲、更新期限を一つの資料にまとめます。担当者が「入力してよいか」を都度判断するのではなく、台帳を参照して判断できる状態にします。
2. 生成記録
利用サービス、モデル、契約プラン、指示、参照素材、生成物、修正内容、承認者、公開先を残します。生成から半年後、1 年後に権利照会があっても、記録があれば説明できます。
3. 承認プロセス
社内資料、社内会議用、限定公開、全面公開の 4 分類ごとに承認者を分けます。全面公開だけは必ず法務経路を通す運用にすると、リスクが高い判断が個別担当者の裁量で進みません。
4. 相談窓口と専門家との連携
社内相談窓口(法務、情報管理)と、外部専門家(弁護士、著作権相談)の連絡経路を事前に整えます。問題が起きてから連絡先を探す状態は、対応の遅れにつながります。
企業がやってはいけない4つの対応
以下は避けたい対応として、社内基準に明記します。
- 学習禁止表明素材の入力: オプトアウト設定された作品、契約で禁止された素材を入力しない
- 侵害通知の放置: 第三者から権利侵害の通知を受けた場合、社内担当者の判断で放置せず、法務・専門家へ即時相談
- 契約外利用: サービス契約プランで認められていない用途(例:Free プランの商用利用)で公開しない
- 権利者確認省略: 「たぶん大丈夫」で公開せず、疑義がある場合は権利者確認または専門家相談まで進める
社内基準に書くだけでは運用に落ちません。入力素材の受け入れ台帳、生成記録、公開前チェックリストの 3 点セットを、担当者が毎回参照できる形(社内ドライブ、社内 Wiki、Notion、Confluence など)に置き、月次で更新責任者を回します。契約書やサービス規約の改定が起きたときは、この 3 点セットへ反映してから、既存の生成物への影響範囲を洗い直します。判断基準づくりの手順は 生成 AI 活用の判断基準を社内につくる方法 を参照してください。
よくある質問
AI で作った画像は企業が自由に使えますか
一律には判断できません。入力素材、生成内容、サービスの規約、公開先の条件を、それぞれ独立に確認します。個別案件の判断は、専門家へ相談してください。
商用利用可と書かれたサービスなら安心ですか
それだけでは判断できません。第三者の権利、入力素材の契約範囲、公開先の条件も確認します。サービスの商用利用条項は、利用者と提供者の間の契約であり、第三者権利には及ばないためです。
AI 生成物であることの表示は必ず必要ですか
現行の日本法では、AI 生成物であることの表示を一律に義務づける規定はありません。ただし、掲載媒体の規約、業界団体のガイドライン、契約で表示が求められる場合があります。公開先ごとに確認します。具体的な表示要否は、専門家に相談してください。
海外向けに公開する場合も同じ基準でよいですか
海外公開では、掲載国の法制度、プラットフォーム独自の AI 表示ルール、業界団体の自主規制が加わります。EU の AI 法や米国の州法では、AI 生成物の表示や透かし付与が求められる場合があるため、日本向け基準に加えて公開先の国別条件を都度確認します。詳細は AI クリエイティブ海外公開時の表示チェックリスト を参照してください。
稟議書ではどこまで著作権論点を書くべきですか
稟議段階では、入力素材の権利整理、利用サービスの契約プラン、社内相談窓口、専門家との連携経路の 4 点を明示するのが目安です。個別ケースの侵害判定を稟議書に書く必要はありません。稟議書のひな形と決裁者向け要約は、生成 AI の稟議書はどう書く?企業導入を進める 9 つの項目 と有料調査「AI 技術活用 社内稟議決定版」に収録しています。
参照した公式情報
- 文化庁「AI と著作権について」 — 「AI と著作権に関する考え方」、チェックリスト、公式セミナー資料
- 文化庁「令和 6 年度著作権セミナー『AI と著作権 II』」 — 公式セミナーの案内と資料
- 経済産業省「AI 事業者ガイドライン(第 1.2 版)」 — AI 利用組織の確認事項と、出力の人による判断
- 個人情報保護委員会「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について」 — 個人データを生成 AI へ入力する場合の注意事項
- AIGC TIMES「生成 AI 技術活用 理解度チェック 15 リスト」 — 著作権を含む基礎確認項目
- AIGC TIMES「AI 技術活用 社内稟議決定版」 — 稟議サンプル・決裁者向け要約・4 段階導入ロードマップを収録した有料調査(¥29,300 / 全 46 ページ)
- AI クリエイティブとは?意味や種類、企業での活用方法を分かりやすく解説 — 制作物の全体像
- 生成 AI の稟議書はどう書く?企業導入を進める 9 つの項目 — 稟議書 9 項目
- 生成 AI 活用の判断基準を社内につくる方法 — 採用・要修正・不採用の判定
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